3
それから、夜になると神田の部屋へ呼ばれ、幾度となく抱かれる日々が続いた。
初めての時のような痛みは殆ど感じなくなっていたが、
それでも本来受け入れる仕組みに出来ていないソコは、アレンの身体に負担を強いる。
翌日が辛いと解かっていながら、それでもアレンが神田の部屋に通い詰めるのは、
自分でも情けない程の独占欲の成せる業だった。
後姿しか知らない綺麗な女性。
華奢な身体。
しなやかな柔肌に喰い込む神田の指。
それを想像するだけで腸が煮えくり返る。
例え神田が自分を愛してくれなくとも、
感情の伴わないただの性欲処理だとしても、
それでも神田がその腕で自分を抱いてくれる事が嬉しかった。
神田の匂い、神田の温もりを他人に渡すぐらいなら、
自分の身体の痛みなど些細なものだ。
だが、ほんの少しでいい。
ほんのちょっとでいいから、この行為に神田の気持ちがあったなら。
アレンはそう願わずにはいられなかった。
自分が神田を独占することで、神田はあの女性のもとへは通わなくなるだろう。
事実、あの夜以来、神田が街に出かけた形跡はなかった。
それは望むところだが、身重の身体を抱えた彼女が神田を失い、
どんなに憔悴しているかと思うと、やはりアレンの心は軋んだ。
──僕は、ただ神田の事が好きなだけなのに…。
けど、それが別の誰かを不幸にすることなら、ボクはどうすればいいの?
そんなふうに考えたら、アレンの頬を自然に涙が零れていた。
ある日、アレンはコムイに用事を言いつけられ、久しぶりに街へと出掛けた。
行き交う人の雑踏を眺めていても、頭の隅を過ぎるのは、
いつか神田と一緒に歩いていた緋色のマントを羽織った女性の姿だった。
──今頃あの人はどうしているだろう。子供はもう生まれただろうか?
まさか、神田が来ないことを悲観して、自殺なんかしてないよね。
やっぱり、きちんと彼女に伝えなきゃ。
神田のことは諦めて、他の人と幸せを探してくださいって……。
気付くとアレンはその女性が住む家の前に佇み、呼鈴に手をかけていた。
「はい。あら……ひょっとして教団の方?」
ドア越しに顔を覗かせたのは、間違いなくあの時、神田と一緒にいた女性だった。
「……はい、あの、突然すみません……」
彼女は、本当に可憐という言葉がぴったりと当てはまる、愛くるしい存在だ。
アレンの心がピキリと音を立てて罅割れる。
「あっ、もしかして貴方……アレンさん?」
突如自分の名前を言い当てられたアレンは、驚いて目を丸くする。
「えっ? 何で僕の名前を知ってるんですか?」
目の前にいるエクソシストがアレンだと悟った女性は、
何故だかとても嬉しそうに微笑んだ。
「わぁ、本当にアレンさんなの? お会いできて嬉しいわ。
さっ、立ち話も何だから、中に入って、入って!」
何を言っているんだろう。
どうして目の前の恋敵が自分に会って嬉しいなどと言うのか。
もしかしたら神田が、
寝物語にドジでマヌケなエクソシストの話でも聞かせていたのだろうか。
そう考えたアレンは、途端に表情を硬くした。
「あっ、ごめんなさいね。急に知らない人に名前を呼ばれたら、
普通驚くわよね? 実は私、以前教団の方にとても良くしていただいて、
本当に感謝しているんです」
「え? 感謝……ですか?」
「そう、神田さんてご存知でしょ?
私、言葉では上手く言えないけれど、心から素晴らしい方だと尊敬してるの。
私を怖いバケモノから救ってくれて、何もかも無くして身重だった私に、
住む場所まで探してくださったんですから」
「……えっ?」
いきなりの告白に言葉を失ったアレンに、女性は神田との成り行きを話しだす。
彼女は隣町の町長の娘で、恋人との結婚を反対され、
駆け落ち同然でこの街に辿り着いたと言う。
だが、恋人と一緒に居たところをAKUMAに襲われた彼女は、
目の前で愛しい恋人を殺されてしまった。
AKUMAの銃弾が彼女を貫こうとした瞬間、
黒い団服を着たエクソシストが目の前に現れて彼女を救ってくれた。
それが神田だったと言うのだ。
愛しい恋人に先立たれてしまった彼女は、
悲しみのあまりその場で自ら命を絶とうとしたという。
「……その時、神田さんが助けてくれたの。自ら命を絶っても、
お前の恋人は喜んではくれない。
今、お前らを殺そうとしたAKUMAは、お前のような弱い奴が、
恋人の魂を甦らせようとして死んだ慣れの果ての姿なんだって。
だから、強く生きろって、生きて恋人の分まで命を大事にしろって。
怖い顔で思い切り叱られちゃったわ……。
けど、その後自分が妊娠していることが判って。
彼の子が……死んだあの人の子供が、私のお腹にいたのよ?
あの時、私が感情に任せて死んでたら、私は彼の分身まで殺してしまうところだった。
そんな私を、神田さんが救ってくれたの。
感謝しても仕切れないの……わかるでしょう?」
そう言って天使のように微笑んだ。その笑顔の眩しさに、アレンは思わず目を細める。
「そうだったんですか。じゃあ、貴方と神田は…」
「あら? もしかして、神田さんとのこと、疑ってました?
まぁ、私個人としては、あんな素敵な人と誤解してもらえるなら光栄なのだけど、
残念ながらそんな素振りはこれっぽっちもなかったわよ?
それに、神田さんの口から出るのは、いつも貴方の名前ばかりで。
私、てっきりアレンさんって神田さんの恋人だとばかり思ってたの。
違ってました?」
「えっ? 恋人って、そっ、そんなっ……」
いきなりの爆弾発言に顔を真っ赤に染めるアレンを、
女性は愛しげに見つめた。
「神田さんとは、知り合ってそんなに長くないけど、
あの人が私に親切にしてくれた理由、知りたくない?」
突然の台詞に疑問符を投げかけていると、
彼女は窓ガラスに映る自分たちを指差してにっこりと微笑んだ。
「ほら、私とアレンさん、ちょっとだけだけど、面影が似てるの」
「……あ……そう言われれば、なんとなく……ですが……」
確かに少し笑った時の目元とか、唇の形とかが少しだけ似ている。
背丈もそう違わないし、何といっても瞳の色が同じだった。
「確かに、このグレイ色の瞳って、中々いませんから」
「そう。昔は大嫌いだったんだけど、今はこの瞳の色が好き。
死んだ彼が、良く綺麗だって言ってくれたの……
光の加減で微妙に変るこの色加減が堪らなく好きだって……ね……」
「そうですか。凄く愛されてたんですね」
羨ましそうにアレンが呟くと、女性はぷっと小さく噴出した。
「あらやだ……アレンさんだって、きっと同じよ?
前に私がその話を神田さんにしたら、彼ったら、
照れながら自分もそうだって言ってたわ。
あ、勘違いしちゃダメよ? 彼が言うのは、貴方のことだから……」
「ぼ、僕の?」
「そう、アレンっていう仲間の瞳が、私と同じ珍しい色をしてるって言うの。
で、きらきらと光を受けて輝くのがとても綺麗なんですって。
その人は考えが甘すぎてエクソシストには向いていないけど、
きっとその瞳が映すものはすべて本物なんだって。
だからその仲間が瞳に映すものを護ってやりたいと思うんだって、
珍しく頬を赤くしながら言ってましたから」
「えっ? ほ、本当ですかっ?」
「本当よ? だから大丈夫。自信を持って?」
目の前で縋るような瞳をするアレンを、女性はとても可愛いと思った。
純粋な彼女だからこそ、あの実直な神田も好きになったのだろうと、
今なら良くわかる。
不器用で素直な想いを伝え合う事が出来ない二人。
そんな二人を、心から応援したいと彼女は思うのだった。
まるで聖母のような安心感を漂わせる微笑。その笑顔を見ると誰もがほっとする。
おそらく神田も、彼女のこの雰囲気が気に入って、
ついつい会いに来てしまっていたに違いない。
こんなに素敵な女性を娼婦と間違えて、
あまつさえ神田に捨てられた哀れな女性と勘違いしていたなんて、
恥ずかしくてとても言えない。
穴があったら入りたいぐらいだ。
「あの……有難うございます」
「いいえ、こちらこそ訪ねてきてくださって嬉しいわ。
お腹の子が産まれたら、ぜひ二人で会いに来てくださいね?
約束ですよ?」
「はい、是非。頑張って、元気なお子さんを産んでください!」
アレンは丁寧に何度も頭を下げながら、女性に別れを告げた。
そして、彼女やこれから産まれてくる子供が暮らすこの世界を、
千年公から絶対に護り抜くことを、改めて心に強く誓ったのだった。
ふと、さっき女性に言われた言葉を思い出し、アレンは頬を赤らめる。
──神田が……ボクを好き?
予想もしていなかった事実に、アレンは嬉しいやら恥ずかしいやらで、
頭が混乱する。
神田が助けた女性を、ただ二人が一緒に歩いていたと言うだけで
疾しい関係だと思い込んでしまった。
その上勝手な想像で神田をなじり、怒らせ、あんな行為にまで及ばせてしまった。
何て早とちりでバカなんだろう。
「神田が口下手で、僕の挑発に乗りやすい事、
誰よりも解かっていたはずだったのに……」
誤解が誤解を呼び、自分ひとりでぐるぐると苦しんでいた。
いや、もしかしたら、神田の方が自分よりも、もっと苦しんでいたのではないだろうか。
そう思うと無償に情けない。
同時に、神田への愛しさが込み上げてきて、居ても立ってもいられなくなった。
アレンは急いで教団へ戻ると、神田の姿を探し求めた。
そしていつも神田が鍛錬を重ねている森でその姿を見つけると、
思い切り後ろから抱きついた。
「どうした? いきなり……」
もうすっかり覚えてしまった、大好きな神田の匂いが鼻をくすぐる。
その匂いを思い切り堪能するように大きく息を吸い込むと、
アレンは声を潜めて呟いた。
「……神田……大好きです……」
「はっ……んなこと、とっくに知ってる」
精一杯の告白を、軽く一笑される。
「もう、相変わらず、意地悪だなぁ……」
──それでも、キミが……大好きです。
不器用なこの人が、どんな思いであの女性を助けたのか。
ふとした疑問が頭を擡げる。
「ねぇ、どうして彼女のことを正直に話してくれなかったんですか?」
アレンは街で例の女性に会い、今までのいきさつを聞いたことを話した。
「あの時は、お前に話したところで、
素直に聞き入れる雰囲気じゃなかっただろぉが」
「そっ、それは……そうですけど……」
ぷぅと少し頬を膨らませ拗ねてみせる。
その愛らしい表情に、神田は僅かに笑みを漏らした。
「あの女が自ら命を断とうとしたとき、
何故かお前の顔がちらついた……気が付いたら、無我夢中で止めてたんだ。
自分が助けちまったからな。最後まで責任持つのは当たり前ぇだろ?」
本当は、彼女とアレンをいつも重ねて見ていた。
彼女を救うことが、アレンを救うことになるような……そんな気がした。
だが、当のアレンはその事実に傷つき、やけを起こすほど煮詰まっていたわけで。
本末転倒とはこういうことを言うのだろうか。
「あの時は……言い過ぎたって反省してます。
僕はキミが相手だと、どうにも歯止めが利かなくなるっていうか……
冷静でいられなくなるんです」
「それは……お互い様だろ」
確かに二人は、互いの事になると見境が付かなくなる。
それは裏を返せば互いの存在が大きすぎて、
理性で解決できないほどに好きだということなのだが、
それを口に出して伝えるほど、二人は恋愛に対して器用ではなかった。
「それに……俺は懐に飛び込んできた奴を、今更手放す気なんぞさらさらねぇ。
だからこれからも、せいぜい覚悟しとくんだな……」
「……えっ? それって……」
アレンは神田の告白とも取れるセリフに、思わず顔を赤らめる。
きっかけはどうあれ、自分は神田が大好きで、誰にも渡したくないと思う。
それは今も、これからもきっと変らない。
「こちらこそ望むところです……もう絶対逃がしませんから、
神田こそ覚悟しておいてくださいね?」
「ああ……それこそ望むところだ」
どちらともなく交わす深い口付け。
二人の気持ちが溶け合って、魂ごとその存在を求め合う。
不器用さゆえに遠回りしてしまったが、今はその不器用さすらも愛しい。
日が暮れ、森の木々が静けさを取り戻す時分になっても、ふたりが互いを離すことはなかった。
ふと浮かび上がった下弦の月だけが、
重なり合う影を、ただ怪しく映し出すだけだった。
〜FIN〜
《あとがき》
最後までお付き合いくださいまして有難うございます。
今回の作品はアンソロ掲載作品ということで、ページ数の制限もあり、
エッチ描写はやや温めですσ(´∀`;)
個人的には、最後の場面に濃いシーンを入れたかったんですが、
そうも出来ず、多少消化不良気味;←オイ;
その分、今回のアンソロ第2弾は多めにしましたv
普段のうちのオフ本をお読みの方はご存知かと思いますが、
だんだんエッチシーンが増えてきてませんか?
これって、皆様のリクエストにお応えしているからなんですが、
自分的には、どんどんえげつなくなってきているなぁ〜と自重宣言!
……するつもりだったんですが、今回のアンケートにも、
「エッチ多めで」というのが圧倒的でしたので、
ここはニーズお応えすべく! これからもがんばります(笑;
次回作は6月の神アレオンリーイベント「モノクロムワールド3」で
皆様にお目にかけられる予定です。
これからも†だてんし★ゆーぎしつ†をよろしくお願いいたします♪
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